どん底のぼれろEX

単なる雑多ブログです;

過去に浸った1日・・・

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私がひきこもり始めた頃、サービス開始からそれほど経っていなかったニコ動の存在を知り、入り浸るようになった。当時、youtubeは最長で15分の動画しか投稿出来なかったが、ニコ動はプレミアム会員だと100Mまでの動画なら時間制限がなかった。2時間、3時間の作業用BGM、長時間のTAS動画など、ニコ動のほうが魅力的な要素が多かった。それに加えて、コメントが動画に被さって流れていくシステムが新鮮だった。他の人たちと一緒に動画を見ているような気持ちになり、ニコ動にログインしている間は孤独感が薄れた。
 
今ではyoutubeや他の動画配信サイトでも主流となったゲーム実況も、ニコ動で見たのが初めてだった(有野晋哉ゲームセンターCXはそれ以前からテレビで見ておりましたが;)。テレビでも取り上げられたことがある、某有名実況者集団の実況動画が特に好きだった。大学生たちが楽しそうに実況する様子は、自分が経験したことがない青春の1ページを見ているみたいで、とても羨ましかった。そんな彼らも今では結婚して家庭持ちみたいじゃな;
 
画像のゲームも、彼らが実況したことで知られていったのではないだろうか。ドラえもんと某ゾンビゲームを融合させたフリーゲームだが、今ではゲーム好きの間ではかなりメジャーなゲームになったと思う。久しぶりに(2年ぶりくらいかな)動画を見て、何だか懐かしい気分に浸ってしまった。夜、部屋を真っ暗にして、大匙5~6杯の濃いコーヒーを飲んで、朝が来るまでボ~っと実況動画を見ていた頃を思い出した。深夜の電脳空間しか、もう当時の自分には居場所がなかった。
 
このゲームを作った人とは、ネット黎明期~成長期の間くらいにネット上で仲が良かった。私のHPと彼のHPは相互リンクを貼っていて、お互いに毎日行き来をして掲示板上で交流を持った。当時、私と付き合っていた女性と彼は、HP上のあることがきっかけで実際にリアルで会った。「根暗で女に免役ない感じだったよ、ありゃどー○ーだな」と言っていたのだけ覚えている;
 
思えば、HPがきっかけで様々な人たちと交流を持った。イラストの仕事を貰ったのも、リアルで遊ぶようになった多くの友達との出会いも。リアルでは対人が苦手でも、ネット、メールというツールを介すことで多くの人と交流を持つことができる時代の始まりだった。その時代に青春時代を迎えることが出来て、本当に幸運だったのかもしれない。もし、ネットがない時代だったら、恋人さんとも出会えないまま、ひきこもって一生を終えた気がする。
 
ひきこもる直前。2ちゃんVIPで、大阪でホストをしたいんだけど怖いんで一緒に応募しようぜ、みたいなスレッドが立ち、スレ主と連絡をとって実際に会うことになった。そして、あるホストクラブに応募することになり、一緒に面接を受けた。私は以前にバーテンダーをしていたので水人間らしいジャケット上下を持っていたけど、彼は普通の格好をしてやってきた。それだけではなく、雰囲気から何からおたっきーな空気が丸出しで、ああ・・・さすがVIPPER・・・と思った; 面接後、日本橋メイドカフェに連れて行かれたし;
 
結局、彼は採用されず、私だけ採用となった。彼がホストをするには色々な意味で無理があったかもしれない・・・; でも、大阪のホスクラもピンきりで、小さな箱だとお笑い&パシリ要員で誰でも採用してくれる所もあった。他店のホストをチェックしていると、源治名:ガンダムなんて人もいた。ガンダムトークなら僕に任せて!オタクホスト~とかビラに書いてあって、こんなふざけたホストがいるのか・・・と、みんなで笑った覚えもある。
 
日曜と月曜の深夜は人通りが殆どなく、キャッチは暇だった。他店のホストやキャバ嬢たちも暇で、みんな突っ立っているしかなかった。店が違うホスト同士は絶対に絡むことはないけど、キャバ嬢たちとはよく会話した。着うたはこれやねん~、などと話しながら、携帯で大塚愛などを流していたような気がする; お巡りさんがやってきたら、静かに大人しくしながらね笑
 
あの頃は、みんな私を見て「すっごい目立つ」と言ってくれたなぁ・・・Barのオーナーも、お前は客を呼ぶ存在って言っていたもんなぁ。。自分でも、そこら辺の男たちとはレベルが違うぜ(チビだけどな!)、なんて自惚れていた; 気が付けばオーラは消えて顔も老けて単なる底辺オッサンになりました。
 
もし20歳に戻れるなら、もう一度水の世界に行きたいかも。あの世界はクソだけど、私にとっては普通の会社よりも居心地が良かったよ。何より、孤独や寂しさを忘れられる世界だった・・・。